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走ることをやめたタイガースの盗塁王《決断〜阪神引退からのリスタート〜 赤星憲広》

決断~阪神引退からのリスタート~

決断~阪神引退からのリスタート~

 

引退のきっかけ

阪神タイガースのスプリンターといえば、赤星憲広。 いや、阪神ファンのひとは世界一のスプリンターと言うかもしれない。

野球において身体が小さいことは不利とされているが、阪神の不動の一番として活躍し、華麗な走塁と巧みな盗塁技術は阪神ファンのみならず多くの野球ファンの心をつかんだ。

阪神タイガースの暗黒期に入団し、「野村」「星野」「岡田」「真弓」4人の監督に仕え、9年間チームを支え続けた。1年目にいきなり新人王を獲得。さらに、5年連続盗塁王を獲得し、ゴールデングラブ賞も4年連続で獲得した。世界の盗塁王福本豊以来2人目の快挙である3年連続60盗塁も達成した。

しかし、33歳の若さで引退。赤星のプロ野球生活はたったの9年間だった。引退する前年には自己最高の成績を残していたにもかかわらず、なぜ引退することになったのか。本書にそのすべてが書かれている。

引退のきっかけとなったのは、みなさんご存知のとおり2009年9月12日の横浜戦でのダイビングキャッチだ。ダイビングキャッチをしたことで中心性脊髄損傷という命に関わるケガを負ってしまった。

 

脊髄とは、簡単に言うと脳から伸び、背骨の中を通っている神経のことで、脳からの命令を体の末端部分まで伝える非常に重要な役割を担っている。脊髄が損傷するということは、脳からの命令が届かず運動や知覚といった機能が失われることにつながる。しかも、現代の医学では脊髄は一度損傷を受けると、脳と同じで二度と再生することはないという。(中略)

実際に脊髄損傷というケガを負って、下半身麻痺や四肢麻痺になるケースは珍しくないらしい。

 

この脊髄損傷というケガはどのような症状がでるのだろうか。赤星さんはこう話す。

 

病院に着くと、すぐに検査が始まった。まだリストバンドを着けたままだったので「取ってください」と言われたが、指がうまく動かない。握力が全くない状態で、驚いたことに自分ではリストバンドを外すことすらできなかった。結局ハサミで切ってもらったのだが、刃先が皮膚に触れるだけでも激痛がはしるので大変だった。(中略)

ベッドに仰向けになって寝たものの、寝返りもうてない。手は軽く曲げて上にあげたまま固まった状態で、布団をかけるどころか、空調の風が当たるだけでも強い痛みを感じた。

 

このような大ケガを負ったが、徐々に身体は回復し、赤星さんは来シーズンに向けてリハビリを着々と行っていた。ところが、球団から突然の引退勧告を突きつけられる。10月31日、球団からよびだされた赤星さんは、年棒の大幅ダウンの件(2009年度の成績が2008年度に比べ大きく下がったため)だと思い、話し合いの席についたところ、いきなりこんなことを言われてしまう。

 

「で、本題に入るけど...」おっいよいよ来たな。年棒がどれくらい下がるのだろうと思って、提示される金額を見ようとした時だった。

「実は体のことを考えたら引退したほうがいいんじゃないかと思っているんだ...」

耳を疑ったが、球団の方は間違いなく僕に「引退したほうがいいんじゃないか」と言っている。全く予想はしていなかった言葉に、一瞬返す言葉を失った。(中略)

「ちょっと様子を見よう」とか「今の状態が続くようなら契約は難しい」という話ではない。「引退」だ。

「これからリハビリをして復活を目指そうという時に申し訳ない」僕にはこの「申し訳ない」という言葉が気になった。「引退したほうがいいんじゃないか」ではなく、「引退してくれ」というふうに聞こえたのだ。

 

正直こんなやりとりがあったことに驚いた。以前赤星さんが出演していたテレビ番組で「球団から慰留されたけど、自分のパフォーマンスが100出せないから引退した」と本人が言っていたからだ。

 

トレーナーの熱い想い

引退勧告を受けたが、赤星さんはリハビリに励み、11月にはユニフォームを着てグランドに立つ準備を少しづつ進めていた。赤星さんのリハビリを担当した石原トレーナーの密かな想いには読んでいて胸が熱くなった。

 

リハビリを担当してくれていた石原慎二チーフトレーナー補佐も「絶対復活するぞ!」と言ってくれていて、徐々にリハビリの段階を上げてくれていた。 後で聞いたことだが、この時、石原トレーナーはすでに球団が僕に引退勧告をしている事情を知ったうえで、本当に復帰させようとしてくれていたらしい。

突然の引退勧告で気持ちが不安定だったこともあり、「球団は僕をやめさせたいんだ」と疑心暗鬼になっていた僕に対して、球団の意見とは違う方向に進もうとする行動をとってくれた。立場が悪くなる可能性もあった中で、何も言わず復活を信じて支えてくれた石原トレーナーは本当のプロだと思うし、最後まで僕の復帰を信じてくれて感謝している。

 

金本知憲の眼力

本書は赤星さんの引退についてだけ書かれているわけではない。当時の阪神タイガースの内情やチームメイトの実力などについても書かれている。現在、阪神タイガースの監督である金本知憲についてのエピソードは興味深かった。

 

金本さんのすごいところは、打席の中で一塁ランナーの僕を必ず見ていたことだ。ベンチに帰ると、あのピッチャーの時はもう少しリードをとったほうがいいんじゃないかとか、細かいところまでお見通しだった。

 

10年野球をやっていた者から言わせれば、バッターボックスの中で一塁ランナーを見ている余裕は一ミリもない。目の前に相対するピッチャーに集中することでいっぱいだ。にもかかわらず、金本は一塁ランナーの赤星の動きまで見ており、さらにはフィードバックまでしている。「バッターボックス内でそんな広い視野で見ることができるのか...すげぇ」と思わせられた。

 

ピッチャーの癖さえ見抜けば盗塁はカンタン

また、赤星さんの武器である"盗塁"についてのテクニックや技術についても書かれている。

 

僕がスタートを切ってからセカンドベースに到達するまでおよそ3秒。キャッチャーが捕ってからセカンドへ送球するまでおよそ2秒。この2つの数字というのは、さほど変わらない。よくキャッチャーの肩がいいから盗塁できないと言われるが、僕の中で盗塁するときにキャッチャーの肩の強さは、全く関係ないと言ってもいい。いかにしてピッチャーのモーションを盗むかが重要だと僕は考えている。逆に言えば、ピッチャーがモーションを盗まれてしまえば、キャッチャーはどうすることもできないのだ。

 

パワプロをやりこんでいて、実際に野球をやらない人によくある勘違いだが、これはその通りだ。パワプロならば、キャッチャーの肩と守備力が高ければ、ランナーを刺すことができるが、実際はそうではない。ピッチャーのモーションが盗まれたら、もうどうしようもないのだ。こういった"盗塁"に関してだけでなく、"走塁"に関しても書かれている。

 

チームメイトからの温かい言葉

12月8日、引退会見前日に赤星さんはチームメイトに連絡を入れる。前日まで引退することを伏せていたのだ。金本知憲下柳剛、矢野燿大、桧山進次郎新井貴浩といった選手から温かい声をかけられる。野球まんがによく出てくるような熱い言葉が赤星さんに贈られた。ぜひそこは本書を読んで確認してほしい。

 

引退しても阪神タイガースのスプリンターは赤星憲広だろう。それはきっと変わることはない。2016年の阪神タイガース金本知憲が監督に就任し、新たなスタートを切った。実は、その首脳陣に赤星さんも加えられる予定だった。が、体調面の不安から就任を辞退したという。

赤星さんがユニフォームを着てグランドに帰ってくるのはいつだろうか。阪神ファンだけでなく、多くの野球ファンが彼のユニフォーム姿を待ちわびているのはまちがいない。

 

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