【#137】突然、僕は殺人犯にされた スマイリーキクチ
女子高生コンクリート詰め殺人事件。1988年に東京都でなんの落ち度もないひとりの女子高生が複数の少年たちに40日間監禁されたうえ、凄惨な暴行を受け、無残にも命を奪われた凶悪な事件です。その事件のwikipediaをみていたときに、ひとつの関連項目に目がいきました。それがスマイリーキクチ中傷被害事件。
「なんだろう?」と思って、その事件が書かれていたページに飛んだところ、事件の概要はこうでした。お笑いタレントのスマイリーキクチさんが、この女子高生コンクリート詰め殺人事件に関わったと2chやyahoo知恵袋、自身のブログで中傷被害を10年間にわたって受けつづけたのです。そして、このことが書籍化されていると書かれていたので、読んでみることにしました。
あらすじ(アマゾンより)
お笑い芸人のスマイリーキクチが、ネット上で10年間に渡り受け続けた誹謗中傷の全貌について綴った単行本。 インターネットの巨大掲示板“2ちゃんねる”などで、「足立区で実際に起きた残虐な殺人事件の犯人だ」といった誹謗中傷を受け続けたスマイリーキクチ。 その誹謗中傷は10年間続き、デマを信じたネットユーザーから、自身のブログなどに殺害予告の書き込みもされるなど、事態は悪化する一方だった。 対応に悩むスマイリーキクチは警察に相談。 09年2月と3月には悪質な書き込みをしていた18人が名誉毀損等の罪で書類送検され、話題を呼んだ。 この10年に渡る誹謗中傷がどのようなものであったか… スマイリーキクチがこのような誹謗中傷にどのように対応し、何を悩んできたのか… そして、09年の18人一斉検挙に至った経緯は… 被害者であるスマイリーキクチ本人が赤裸々に綴った。 ネットでの誹謗中傷に悩む人や、それによるいじめに遭っている中高生や保護者、そして、インターネットを利用するすべての人に読んでもらいたい。
帯に書かれたコピーがネットによる中傷被害がどんなひどいものであったかを感じることができます。
自分が誹謗中傷を受けたわけではないのだけど、スマイリーキクチさんの苦しさがすごく伝わってきて、こっちも息苦しさを感じるほどの本でした。当時の気持ちをスマイリーキクチさんはこうつづっています。
悔しさが込み上げても、相手は身元不明の集団。怒りの矛先がわからない。子供の頃からお互い腹が立てば、目の前にいる相手に「文句があるなら表に出ろ」と言い、一対一の喧嘩をする環境で育った。それがいっさい姿を現さず「文句があるなら匿名でネットに書く」という、今までに免疫のない体験が、次第にストレスになってゆく。(略)
苛立つ日々、悔しさを我慢していたら、神経胃炎を引き起こしてしまった。
匿名性が生み出す集団での攻撃は、すごくこわいものがある。自身がやっている行為が相手を傷つけていることを自覚しずらい。ちなみに、スマイリーキクチさんは紆余曲折を経て、最終的に誹謗中傷をしてきた人物の一部の身元を突き止めます。その人たちは、実にさまざまな人たちで、北海道から大分県まで、上は46歳から下は17歳の男女。出身地も、性別も年齢も関係ない。お互いの名前さえも知らないそんな人たち。
多くのひとたちがネットの信ぴょう性がない情報を鵜呑みにし、その情報が正しいかどうかも確かめず、悪い噂はおもしろいという興味だけで、スマイリーキクチさんを叩いていたのです。彼らに対してある種の共通点があったとスマイリーキクチさんは言います。
中傷や脅迫を執拗に繰り返した集団は「情報の仕分け」「考える力」「情報発信者を疑う能力」、この三つが欠如しているように感じる。
摘発を受けた人物らに対して、O警部補が「スマイリーキクチこと菊池聡は殺人事件とは無関係で、インターネットの書き込みは事実無根である」と伝えると、ほとんどの人が「ネットに洗脳された」「ネットに騙された」「本に騙された」と供述し、「悪いのは嘘の情報を垂れ流した人だ」と他人に責任をなすりつける。
最終的に「仕事のストレス」「人間関係の悩み」「離婚をして辛かった」「私生活がうまくいかず、ムシャクシャしてやった」と被害者意識にすり替わってしまう。
また、匿名が生み出すものについてこう書き加えます。
善悪の見境も限度もわからず、「人殺し」「強姦犯」だと身勝手に思い込んで憎み、僕を誹謗中傷した。摘発を受けた者の中には事件自体を茶化した者もいる。とてもじゃないが、ここでは公表できないコメントも多数あった。
悪意に満ちたコメントを投稿して「あいつがこの文章を読んだら、どんなに恐怖に陥るか」と妄想にひたり、日ごろの鬱憤を晴らしていた。匿名が自制心を失わせ、集団が自尊心を凶暴化させる。人の人生を狂わせようと躍起になるあまり、自身の人格が先に狂ったのかもしれない。他人の人生を狂わせようとすれば、自分の人生までも狂うことに気づいていなかった。
インターネットが発達して、多くの情報を入手できるようになったし、個人が情報を発信することができるようになったいまの時代。「メディアリテラシー」ということばがインターネットが発達して、生まれましたが、ときおり「自分が得た情報はどこからの出どころなんだろう?」と一度立ち止まってみることも必要なのではないでしょうか(自戒をこめて)。