読書めも

読んだ本の感想をぼちぼち書いてます

【#94】一分間だけ 原田マハ

一分間だけ

一分間だけ

 

内容と感想

帯のキャッチコピーがすごくよかった。

「もし一分間だけ望みがかなうとしたら、あなたは何を願いますか?」

そして、キャッチコピーの下にあらすじがまとまっているが、それもコンパクトにまとまっていていい。

「ファッション誌編集者の藍は仕事が生き甲斐。プライドを持って向き合えるいい仕事をする。それが何よりも大切だ。しかし愛犬リラとの出会いから彼女の人生は大きく変わっていく」

キャッチコピーだけを見ると、「時間の大切さ」を訴えている本のように思えますが、ぼくは時間の大切さよりも自分にとって本当に大切なものはなんですか?というようなメッセージを受け取りました。

それを感じたのは、リラが病気だと分かり、藍が編集長の北條さんにその相談をしに行ったとき。

彼女は、残された少ない時間をリラと過ごすために、後輩に自分のポジションを引き継ぐよう北條さんに訴えます。北條さんはこう言いました。

「この先ずっと、彼女(後輩)がメインで、あなたがサブになってもいいのね。」

力いっぱい突き放された。素っ転んだ子供のように、寸時に私はうろたえた。こつこつ築いてきたポジション。ようやく獲得した北條さんの信頼。そのすべてを、いま、手放せるのか。

しばらく沈み込んだ私は、もがきながら水面へ上がってきたように苦しい息をつないだ。そうして顔を上げると、もう一度正面から北條さんに向き合った。

「はい。その覚悟です。」北條さんが目を見張るのを、初めてみる気がした。よほど意外だったのだろう。そのまま出て行こうとドアノブに手をかけると、「待って」と呼び止められた。

 「家族が病気、って言ったわね。確かあなた、まだ独身でしょ?」

私はふっと笑った。「犬です」

北條さんがこちらを向いた。私は肩をすくめてみせた。「でも、大切な家族なんです。笑ってください。」

仕事一本でがんばってきた藍が、その大切な仕事を捨ててでもリラと一緒にいることを選択したシーンです。「でも、大切な家族なんです」というセリフがすごくいい。

犬を飼っている人や犬好きはもちろん、それ以外の人々でもおもしろいと感じる一冊です。

疑問

表紙を最初に見たとき、クマかと思いました。暗がりで、犬の片目しか写っていないこの写真を表紙にした理由はなんだろう...?

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読書メモ

1.その子を楽にしたいんじゃない。あなたは、自分が楽になりたいだけなんだ

「リラは、死んじゃうんですか。いつですか。いつ、死んじゃうの」やはり返事がない。私はどうしようもなく苛立った。大丈夫です。その一言以外、絶対に聞きたくない。ようやく答えが返ってきた。

「命がいつ尽きるかなんて、誰にもわからないんだ」拍子ぬけするほど、そっけない答えだった。かちんときた。まるで他人事じゃないか。それでも医者なのか。私は怒りに青ざめて、語気を強めた。

「何それ。医者なんでしょ。なんとかしてくれたっていいじゃない。こんなに痛そうなのにみてられない。楽にしてあげられないの。楽にしてあげてください。早く」

先生の目が、急に鋭くなった。「安楽死させたいんですか。あなたは、この子を」その一言に凍りついた。

「この子を楽にしたいんじゃない。あなたは、自分が楽になりたいだけなんだ」

宮崎先生の指摘はどういようもないほど正しかった。私は、逃げようとしている。目の前に突きつけられた現実から逃げようとしている。リラの苦しみを語りながら、自分の苦しみを訴えようとしているのだ。 

ある日リラと散歩をしていると、リラが急に倒れた。足を見てみると患部が赤く腫れ上がっていることに気づき、藍はリラを連れて病院に行く。ところが、医者からは「癌」と診断を受け、リラはもう長くないと宣告される。

そのときに言った宮崎先生の言葉はすごく心に残っている。

 

2.たったひとつの命。責任を持ってペットを買う

「たったひとつの命。責任を持ってペットを買う」

「アフォーダブル・ラグジュアス(手の届く贅沢感)」

「花に誘われふたり宿」

「食べても美しい人」 

藍が雑誌を発行する出版社に勤めていることもあり、物語のなかでいくつかキャッチコピーが登場する。その一部を抜粋したキャッチコピーがこれらです。

 

3.「鍋はひとりで食べると味が落ちるんだよ」

玄関のドアを開けると、ふうっとカレーの匂いがする。カレー鍋だ、と嬉しくなった。「おかえり。久々の終電だな」浩介は起きて待っていてくれた。リラは横たわっていたが、私がダイニングに入って行くと頭を持ち上げて、弱々しくしっぽを振って迎えてくれた。

藍:「食べないで待っててくれたの?」

浩介:「鍋はひとりで食べると味が落ちるんだよ」 

浩介とは、藍の恋人。あることをきっかけに、同棲を解消し、ふたりは離ればなれになるが、リラの容体が悪化したことで一時的に藍の家に浩介は戻ることになる。

浩介が、待ってた理由をさらりと言う姿がかっこいい。

 

4.いつだってリラは君を待っていたじゃないか

藍「会議中なの。手短かになら」

浩介:「リラが・・・・・・。危ない。息がすごく浅い。目も、もうみえてないみたいだ」沈んだ声だった。 「まだがんばってる。でも、もう・・・・」

私は目をつぶった。耳の奥に、リラの目がみえる。力なく萎れるしっぽがみえる。リラの声がする。ずっといっしょにあるいてる?

藍:「ごめん。あたし・・・・、行けない」私は途切れ途切れに囁いた。

浩介:「どうしてもだめなのか。リラは、君を待ってるよ。君が帰ってくるまで、きっと待ってるよ。だって、いつだって」浩介の声が震えている。

浩介:「いつだって、リラは君を待っていたじゃないか」胸にずしんと何かが落ちてきた。目頭がつんと熱くなった。わかってる。でも... ....「ごめんっ」私は叫んで、電話を切った。

「すみません、お騒がせして。会議、続けてください」全員、無言で静まり返っている。

「会議、もう終わったわよ」北條さんの声が響いた。みんながいっせいに彼女のほうを向いた。「最後はあなたの番だったけど。それは明日に延期しましょう。いいわよね」北條さんがぐるっと会議室を見渡した。全員、思い思いにうなずいている。私はぎゅっと企画書を握りしめた。北條さんは怒ったように私に言った。

「どうしたの、もうここにいる必要はないわよ。早く行って」