読書めも

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さらば、野球界のジャイアン〜38歳で二冠王に輝いた男〜《さらば、プロ野球〜ジャイアンの27年 山﨑武司》

剛田武、通称『ジャイアン

のび太のクラスメイトであり、ドラえもんの悪役的ポジションに座るキャラクターだ。「お〜れはジャイア〜ン、ガーキ大将♪」ではじまるお馴染みのBGMは彼のテーマソングだ。

ちなみにあのBGMは3番まで作られており、CDも実際に販売されている。BGMのタイトルは『おれはジャイアンさまだ!』

 

おれはジャイアンさまだ!

おれはジャイアンさまだ!

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野球界にもそんなジャイアンと呼ばれた人物がいる。

山﨑武司。中日→オリックス楽天→中日と経て、2013年に現役を引退。こうして27年間の現役生活に別れを告げた。

ところで、なぜ彼がジャイアンと呼ばれているのか。それは彼にまつわるエピソードを知れば、おのずと分かるだろう。

 

さらば、プロ野球 ~ジャイアンの27年

さらば、プロ野球 ~ジャイアンの27年

 

 

山崎武司ジャイアンエピソード】

・鉄拳制裁で恐れられていた星野仙一監督に対して「おっさん、ボケ!俺を使えば打てるんじゃ!!」と暴言を吐く

・2軍戦で第一打席だけ打って、試合序盤に許可なく自宅へ帰る

・「こんなチームでやってられんわ」と吐き捨て、監督室のドアをバットで殴る

・球団社長に「これ以上中日にいたら、傷害事件を起こしてしまうかもしれない」と言って、オリックスに移籍

オリックス時代、監督に暴言を吐いてこれまた自宅へ帰る

 

ちなみに、ぼくはひとつ目の出来事をリアルタイムで見ていた。あれは、1999年9月26日、ナゴヤドームで行われた阪神戦のことだ。

首位を走る中日はこの阪神戦に勝利し、優勝へのマジック5としたかった。試合は2-1と中日がリードし、9回表にクローザーの宣銅烈を投入。

勝利は確実かと思われたが、阪神の助っ人外国人マーク・ジョンソンが3ランホームランを放ち、2-4となり、敗北ムードに。

このときのことをはっきりと覚えている。ぼくは内野席で観戦していたのだが、このホームランの後にたくさんの中日ファンが席を立ち、うなだれるように帰っていった。まだ9回の裏に中日の攻撃があるにもかかわらずだ。

しかし、その裏に山﨑武司がスリーランホームランを放ち、まさかのサヨナラ勝ち。名古屋ドームは一気に中日ファンの歓声で包まれた。

 

実はこの時、僕は猛烈に苛立っていました。調子は悪くないのにスタメンから外れる日が目立つようになり、怒りの矛先はいつしか星野監督へと向けられていったのです。
相手ピッチャーの福原忍から豪快なホームランをレフトスタンドに叩き込んだ僕は、ダイヤモンドを一周する前にベンチを力強く指さし、大声でこう叫びました。


「おっさんボケ!俺を使えば打てるんじゃ!!」

 

まあ傍から見ていれば、笑える話なんだけど、監督からすればめんどくさい選手だわなぁという感じ。

 

たしかふたつ目のエピソードをどこかのバラエティ番組で話していたんだけど、試合を放棄したあとに建築中の自宅に帰って、大工さんと談笑。「大工さんが家をつくる過程を毎日見てたんで、ぼく自身が家つくれるくらい詳しくなりましたよ」って言っていたのには笑った。

そんな自由きままに野球生活を送っていたのにもかかわらず、「なんで27年も現役をつづけることができたの?」と思うかもしれない。

答えはかんたんで、圧倒的な才能の持ち主だったからだ。

バッティングの基本のひとつに、相手ピッチャーの球種を読むというものがある。これはほとんどのひとが知っていることで、基礎中の基礎のことなんだけど、山崎さんはまったく知らなかった。

読んでいてびっくりしたんだけど、楽天にくるまでの19年間、来た球を打つというスタンスでバッティングに取り組んでいたらしい。つまり、変化球だろうがストレートだろうと関係なく、とりあえず打っていたわけ。

まさに本能で野球をやっていたのだろう。そのスタイルで96年にホームラン王を獲得したのだから、天才としか言いようがない。

野球界のジャイアンは引退した。現在、評論家として日本各地で講演を行っているらしい。しかし、いつか野球界に帰ってくるだろう。帰ってきたあかつきには野球界で存分に暴れまわってもらいたい。

サクリファイス 近藤史恵

ロードレース

一見個人競技に思えるこのスポーツ、じつは団体競技だ。たったひとりのエースを勝たせるために、数人のアシストと呼ばれる選手がエースの風よけとなる。こうすることで空気抵抗が大きく軽減され、エースは半分以下の力で走ることができる。

アシストは勝負どころまでいかにエースの力を温存させるかが重要で、自己犠牲が伴う役割である。どれだけアシストとしていい仕事をしても、記録に残るのはエースだけ。自分がいい記録を残したいと思っても、アシストはエースのためにすべてを捧げなければならない。

勝つことを期待されるエースとただエースのために働くことを期待されるアシスト。残酷だが、アシストはエースに勝利を託すしかない。

 

サクリファイス (新潮文庫)

サクリファイス (新潮文庫)

 

 

本書の主人公である白石誓は、チーム・オッジに所属するロードレーサーだ。峠を得意とするクライマーであり、チーム・オッジにかかせない優秀なアシストだ。勝利に対して執着心がなく、与えられた仕事を粛々とこなす彼にとって、まさに適したポジションと言えるだろう。

物語序盤に白石は、チーム・オッジのエースであり日本を代表する選手でもある石尾豪が過去に優秀な選手を潰したという噂を耳にする。ミステリー特有の不穏な空気がここから漂いはじめる。ライバルとの駆け引き、かつての恋人との再会、チーム内に漂う不穏な空気ーー

扱う題材はロードレースだが、本書のジャンルはミステリー。「えっ?スポーツなのにミステリーってどういうこと??」と思うかもしれない。しかし、読み進めることできっと納得する。

そして、読み終えたあなたは、主人公が最後に発する言葉にきっと共感するだろう。「勝利は、ひとりだけのものじゃないんだ」という言葉にね。

 

サクリファイス 1 (ヤングチャンピオンコミックス)

サクリファイス 1 (ヤングチャンピオンコミックス)

 

めちゃくちゃ鬱になるノンフィクションを紹介する《兵士は戦場で何を見たのか デイヴィッド・フィンケル》

2003年3月、アメリカは「イラク大量破壊兵器保有」「9.11を引き起こしたテロ組織アルカイダを支援している」「フセイン大統領がクルド人を弾圧し、圧政を行っている」など複数の理由を挙げ、イラクに侵攻し、イラク戦争が始まった。

そもそもこのイラク戦争が始まったのも元をたどれば、1991年に起きた湾岸戦争が原因だ。湾岸戦争の引き金となったのは石油の利権をめぐる争いで、クウェートイラクとの国境にまたがるルマイラ油田の発掘を行ったことが、イラクの大統領だったサダム・フセインの怒りを買った。

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イラククウェートがイラン、がエジプト

 

すぐさまフセイン大統領はイラク軍を率いてクウェートに侵攻。国連イラクに対してただちに撤退するよう呼びかけたが、これを拒否。これに対して、国連は34カ国からなる多国籍軍を編成し、イラクへの侵攻を開始。

多勢に無勢、戦争開始から約2か月でフセイン大統領は敗戦を認め、こうして湾岸戦争終結した。このときの停戦決議で、イラク大量破壊兵器の不保持が義務づけられた。

イラン・イラク戦争が実は湾岸戦争を引き起こした一因だったり、OPEC(石油輸出機構)の決定が石油の値崩れを起こして、イラク経済に打撃を与えたりとか、細かい話はいろいろあるけれど、湾岸戦争の経緯をざっくりいうとこんな感じだ。

 

さて、イラク戦争が始まった経緯に話をもどそう。この湾岸戦争により、イラク大量破壊兵器の不保持が義務づけられ、国連の査察団を毎年受け入れなければならなくなった。

そして、11年後、アメリカ同時多発テロ(9.11)が起こる。アメリカ政府は調査の結果、イラクアルカイダ(9.11の主犯)を支援をしていたとマスコミに発表。

さらに、イラク大量破壊兵器をひそかに作っている疑惑も浮上した(過去に国連の査察団はイラクに調査を何度も妨害された)。我慢の限界を超えたアメリカはついにイラクに侵攻し、イラク戦争が始まった。

 

兵士は戦場で何を見たのか (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ II-7)

兵士は戦場で何を見たのか (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ II-7)

 

 

と、上記で述べたことは今回紹介するこの本のなかで一切でてこない。だが、本書を読むまえに知っておくと、より一層理解が深まるだろう。

兵士は戦場で何を見たのか』を読んだ。本書はイラク戦争の背景を追うものではなく、イラクにいるアメリカ兵が戦争によって狂っていく様を書いたものだ。

著者のデイヴィッド・フィンケルさんはジャーナリストだ。2007年1月、イラクバグダッド東部にあるラスタミヤというだれも行きたがらないアメリカ軍前線基地に向かった。

そして、アメリカ兵と約1年半ほどの期間を共にし、そこで起きた出来事について書き記した。実際の戦地に行き、調査したものだから、戦場の描写がリアルだ。

 

本書の主人公であり、指揮官のカウズラリッチ中佐は直属の部下をひとりも失ったことがない優秀な陸軍将校だ。愛国心が強く、部下からの信頼は厚い生粋の軍人だ。『子どもたちが安心してサッカーができる国にする』という志を胸に秘め、ラスタミヤに赴いた。だが、その志がとうてい実現不可能なものだと知るのはとうぶん先のことであった。

ところで、イラクではIED(即製爆弾)や EFP(自己鍛造弾)と呼ばれる爆弾があちこちに仕掛けられているのを知っているだろうか。これらはハンドメイドで作れるかんたんな爆弾で、遠隔操作もできるし、安価で生産できるので、とてもやっかいなシロモノである。そのくせ発見するには時間と手間がかかる。イラクに派遣されたアメリカ兵の半分以上が IEDやEFPの犠牲になったと言われており、カウズラリッチ中佐の部下もこのIEDやEFPの餌食となった。

彼が率いるのは第16歩兵連隊第2大隊。所属するほとんどの兵士たちはこれが最初の派兵であり、海外に行くのも初めてという者も多く、戦争のベテランは皆無。しかも、大隊の平均年齢は19歳で、最年少の兵士は17歳という若さだった。

当初こそアメリカの勝利を信じて疑わないカウズラリッチ中佐だったが、IEDやEFPによって彼の部下が次々と犠牲になっていくにつれ、彼だけでなく、彼の部下たちも肉体と精神が蝕まれていくことになる...

 

 

鬱ノンフィクションといったらいいだろうか。読んでいて気が滅入る。次々と兵士が死んでいくのもしんどいのだが、IEDやEFPによって手足を失った負傷兵の描写が特に読者の胸を詰まらせる。

四肢だけでなく、片目と耳と鼻を失い、最後は派兵される数日前に結婚した奥さんに看取られた兵士の話はキツかった。戦争が引き起こす現実とはこういうことなのかと突きつけられる。重い読後感が残ったのは言うまでもないだろう。

だが、本書はこれで終わりではない。あくまでも前編なのだ。本書の後編である『帰還兵はなぜ自殺するのか』がすでに発売されている。戦場から帰ってきた兵士がPTSDで苦しむ姿を書いたものだ。

この重い読後感が抜けたら、この後編に挑戦してみようと思う...と言いたいところだが、この読後感はぼくの身体からしばらく抜けないだろう。

 

帰還兵はなぜ自殺するのか (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)

帰還兵はなぜ自殺するのか (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)