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読書めも

読んだ本の感想をぼちぼち書いてます

運はなくならない。無限大にありまっせ。《運を支配する 桜井章一 藤田晋》

新書 ビジネス-エッセイ
運を支配する (幻冬舎新書)

運を支配する (幻冬舎新書)

 

「あのとき、運がよかったなぁ」といまでも思うことがある。

それは、小学6年生のときのこと。ぼくの通っていた小学校では毎年冬になると、マラソン大会(全員強制参加)が開かれる。距離は約3キロ。グランド内のトラック2周と学校の外周3周を走る。1年生のときは、58位(60人中)。2年生のときは、56位。3年生は15位。4年生は、12位。5年生は、6位。6年生は、5位。学年が上がるにつれて、順位は上がっていった。

3年生のときに順位がいきなり上がったのは理由がある。それは、この年に少年野球を始めたからだ。日々の練習により基礎体力がついたことで、順位が跳ね上がったのだ。

5年生になるまで順位を特別意識することはなかった。むしろ、毎年マラソン大会あるのダルいなーとか、寒いなーとか、親御さんや少年野球の監督が応援しにくるからやだなーと思うくらい憂鬱な行事だった。

しかし、毎年順位が上がり、承認欲求のようなものが生まれたのか、5年生のときから事前に練習するようになった。大会1ヶ月以上まえから、3キロ以上の距離を走ったり、1週間まえにはタイムアタック。そんなことをするようになった。

そしてその結果、5年生では6位。そして6年生のときに、ふとこう思った。「5位以内を目指そう!」と。しかし、上位5人は現時点でぼくより数段レベルが上だった。マラソン大会にかける思いはもちろん、練習量も多く、とにかく速い。かれらに勝つには、練習するしかなかった。

実はマラソン大会当日を迎える直前に、一度だけリハーサルがある。もちろん本番と同じ距離を走る。自分の実力を知ることができるチャンスだ。すこし緊張しながら、走った結果は、前年とおなじ6位。5位の壁が大きかった。

1位と2位のランナーには最初から勝てないと思っていた。1位(ゆうた)は、マラソン大会に命かけてるくらいの思いを持っていて、1年かけて準備してくるやつだったし、2位(えーじ)は、マラソン大会まえに10キロ親父と平気で走るやつで太刀打ちできる気がしていなかった。

だから、3位・4位・5位狙いでがんばったのだが、5位以内に入ることはできなかった。しかも、5位とは、ゴールしたとき100メートルほど差があった。

このままだと前年と同じ順位もしくは、それより下になるかもしれない...しかし、なにか策があるわけでもない。胸の不安を打ち消すように、ひたすら当日まで走りつづけた。

 

むかえた本番。外にでて準備体操をしているときに、先生から注意事項とひとつの連絡があった。その連絡をきいてぼくはびっくりした。

それは、リハーサルのとき1位だった(ゆうた)がインフルエンザになり、欠場することになったのだ。「これはチャンスだ!」と思い、走った結果、5位。念願の5位以内に入ったわけだ。すごくうれしかった。がんばってよかったなぁとも思った。

でも、運がよかったなあという思いのが強かった。今日でもそう思う。もし、ゆうたがインフルで休んでいなかったら、ぼくは6位だっただろう。勝負事には、運が必要。でも、運は自分でどうこうできるものではないと思っていた。

だから、本書のタイトルを見たとき驚いた。「エッ!運って支配できるん!?」って。運というと、神が人に平等に与えるものであったり、運を使いきるということばがあるように、限度があるようなイメージだった。が、しかし本書ではそれらを否定している。

桜井:しかし、人の運というものは、石油や天然ガスのような有限のエネルギー資源とは違う。つまり、運の量といったものは何も定まったものではなく、その人の考え方や行動によって運に恵まれたり、そうでなかったりするだけのことなのだ。

運に選ばれるような、しかるべき考え方や行動を普段からしている人には、大きな幸運に恵まれてからも続けざまにまた大きな幸運が起こりうるのだ。

そう、生きている間は、運は無限にあると思っていいのである。だが、それはダイヤモンドの鉱脈を掘るように、運の鉱脈をがんがん掘っていけば、ツキまくった人生が送れるという単純な話ではない。

 

本書は、サイバーエージェントの藤田さんが20年間負けなしの代打ちの桜井さんが語る運やツキの話を仕事上の事柄に翻訳している内容となっている。

運という話に限定せず、むしろ勝負事の心がまえのような話も多い。藤田さんは、この本を出版したことで、自分の手の内をすべて明かしてしまったような気がするとブログで言っていたが、まさにその通り。読んでいて、藤田さんのあたまの中をのぞいているような感覚をおぼえる。一流企業の社長が勝負事のときになにを考えているのか、どんな心中なのか、そんなことを知ることができる一冊だ。

自分メモ

1.将棋はフェア、麻雀は不平等

たとえば将棋は対戦相手とまったく同じ駒が与えられますが、麻雀はどんな牌が配られるかわかりません。将棋はフェアな状態で始まりますが、麻雀は不平等な状態でゲームが始まります。不平等な状態で始まって、そこから一定のルールに基づいて、いかに早く、大きく上がるかの競争なのです。

テスト勉強を中心とした学校で教えられるものは、ほとんどがフェアな状態のものです。しかし仕事も人生も、裏社会に出てみると、ほとんどが不平等な状態から始まるものではないでしょうか。

2.努力は勝率を上げるが、成功を保証しない

努力というのはあくまで本人の問題であり、どれだけ努力したかは自分以外、誰一人として本当のところはわかりません。周りは結果をもってしか評価のしようがないのに、「これだけ努力したのだから認めてほしい」というような人は、その時点で甘ちゃんです。(中略)

たとえ全身全霊を傾けた努力であっても、うまくいく保証はない。それでも努力は勝つ勝率を上げてくれます。そのために大事なのは、「正しい方向に努力しているか」ということです。努力の方向を間違えれば、いくら努力しても勝率は上がりません。

努力する方向性をつかむには、「ここを押さえればいい」といった勝負勘のようなものが必要です。ただし、こういうセンスは努力する以前に培っておかないといけないものです。

流れ=リズムをつかむ

ダンスやっているひとは、捉えるのが上手かも。

疑問

・ふたりが運を支配できたなあとおもった印象的なエピソードは?

 

ツキの正体―運を引き寄せる技術 (幻冬舎新書)

ツキの正体―運を引き寄せる技術 (幻冬舎新書)

 

こちらは桜井さんの著書

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