読書めも

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【#104】酒鬼薔薇聖斗事件の裏側《淳 土師守》

淳 (新潮文庫)

淳 (新潮文庫)

 

内容と感想

 1997年に世の中を震撼させた「酒鬼薔薇聖斗事件」(さかきばらせいとじけん)。

 事件名だとピンとこない人がいるかもしれません。神戸連続児童殺傷事件とも言われています。2名が亡くなり、3名が重軽傷を負いました。神戸市のある中学校の正門に、当時小学生だった11歳男児の頭部が置いてあったのを通行人が発見したことからこの事件が発覚しました。

 この事件は多くのマスコミに取り上げられましたし、少年法を変える一つのきっかけにもなりました。また事件に関する書籍も多く出版されました。

「少年A」この子を生んで……―父と母悔恨の手記 (文春文庫)

「少年A」この子を生んで……―父と母悔恨の手記 (文春文庫)

 

上記は加害者の親が書いた書籍

 では、なぜこの事件が少年法を変えるきっかけとなったのでしょうか?

 それは、少年法の限界がこの事件で明らかになったからです。事件性を考えれば、死刑になってもおかしくありませんでした。しかし、加害者が14歳ということで少年法が適用され、被告人は医療少年院に送致され、8年の刑を服することになったのです。

 そもそも、日本だと18歳未満の人が殺人事件を起こしてもほとんど死刑になることはありませんし、マスコミが報道する際は、被疑者を匿名で顔写真も映してはいけないというきまりがあります。なぜなら少年法があり、被疑者の人権を守っているからです。

 しかも、当時は被害者寄りの法制度が整備されていなかったため、被害者の家族が裁判中に陳述する機会はおろか、裁判にすら出席にもできなかったのです(現在は被害者の家族が裁判中に裁判官に心情を訴えることができます)。そして、こういったことが世の中に知れ渡り、少年法を見直す動く流れをつくったのです。

 本書は被害者の父親である土師守(はせまもる)さんが書いた手記です。土師さんと淳さん(被害者)の生い立ちから、当時の少年法が抱えていた問題まで丁寧に書かれています。法の限界、法の役割、そんなことを考えさせられる一冊です。

読書メモ

1.被害者のプライバシーは守られないのか?

 被疑者であるA少年には、目隠しの線が入った写真も、入ってない写真も報道されましたが、氏名は一切出されていませんでした。一般の人たちには、この写真だけでは個人を特定することはまず、困難だと思います。

 それに対して被害者の側は顔写真も氏名も連日、新聞やテレビに出されていたのです。被害者側には、A少年に認められている人権さえ認められないのです。 

 少年の人権、犯罪者の人権擁護をいうあまり、本当に守らなければならない真の「人権」というものを社会全体が見失っているのではないでしょうか。

当時は、マスコミの取材の仕方もひどく連日連夜、土師さんの家にインターホンを鳴らされたりなど、被害者のプライバシーの問題も大きく浮き彫りになりました。

2.被害者のわたしたちは事件を知る権利すらない

 時が経つに連れ、疑問は増すばかり。私たちのように子供を犠牲にされた両親は、当然、事件全体の詳細を知る権利があるものと思っていましたが、実際には、何の権利も保証されていないことを知り、本当に愕然としたものでした。

審判の状況を知ることもできず、また私たち被害者のやりきれない辛い心情を審判延で発言できないまま、審判は終わってしまいました。

 

3.被害者の心情を無視したマスコミの対応

電話に出るといきなり「質問に答えてください。この度の神戸の事件について、父親犯人説がでていますが、これについてどのように思いますか。」と叫ぶような声が耳に飛び込んできました。

私たちは子供をあのような酷いやり方で惨殺され、激しいショックから立ち直れないでいました。しかし、マスコミはその私たちの心の傷をさらに拡げるようなことをしていたのです。「報道」という大義名分があれば、何をしてもいいのでしょうか? 

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