読書めも

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【#84】あのとき、大川小学校で何が起きたのか 池上正樹

あのとき、大川小学校で何が起きたのか

あのとき、大川小学校で何が起きたのか

 

本の内容

宮城県石巻市にある大川小学校。3.11のときに、100名近くいた生徒のうち約70名の生徒と4名の行方不明者、そして10名の教職員が亡くなりました。

避難を開始したのは津波到達のわずか1分前。つまり、児童たちは50分間も校庭にとどまっていたことになります。そして、避難し始めた1分後には黒い津波が襲った。ここに、大川小の大惨事を引き起こした「空白の51分」が発生したのです。

なぜ、津波がくるまで、50分間も校庭にとどまったのか?教職員たちは、どうして避難を指示しなかったのか?

また、校庭の裏庭に裏山があったにも関わらず、教職員が避難を指示した場所は"三角地点"だった。その三角地点で、多くの生徒が津波に飲み込まれた。

こういったところが取り上げられ、天災でなく、人災であったと多くのマスコミに取り上げられた。

そして、当時何があったのか?ということを市の教育委員会は固く口を閉ざしている。2014年3月に遺族の人々が宮城県石巻市に対して損害賠償請求を求める裁判を行った。

震災から3年経ったいまでも解決に繋がらない課題の一つを取り上げた一冊である。

感想

読んでいて、憤りをすごく感じた本でした。遺族の人々が何度も市教委に、真実の解明を求めているのに、市教委は真実を語ろうとしない。そんなやりとりに憤りを覚えました。

読書メモ

先生がいないほうが、助かった

 大川小について、取材を始めたばかりのこのときは、まだこう思っていた。「これだけの規模の災害なのだから、責任は誰にも問えないはず」「一度も津波が来たことがない地域で、地元の人でも、逃げなければという切迫した意識は薄かったのだから、仕方がなかったのではないか。」

ところが、取材を始めてみると、どちらの認識を正しくなかったことを知る。やはりこれは、学校管理下で起きた出来事なのだ。子どもたちは、っ先生たちの指示に従い、きちんと校庭で待機していた。その間、子どもたちも、先生たちも、山に逃げたがっていた。

また、津波が迫っている危険を学校側に知らせ、子どもを引き取ってから、すぐに逃げた家族も何人もいた。切迫した状況を認識していた人も、直感していた人も、それなりにいたのだ。

それなのになぜか、子どもたちは1メートルも高いところに上がることなく、津波に襲われてしまった。「先生がいないほうが、助かった」遺族は、そう口々に言う。教師たちにとって、なんと厳しい言葉だろう。

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