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ユニクロを出禁になった50歳のおっさんがユニクロで1年バイトしてもバレなかった話《ユニクロ潜入一年 横田増生》

タイトルを正確に手直しすると、『ユニクロの決算会見)を出禁になった50歳のおっさんがユニクロで1年バイトしてもバレなかった話』だ。

2016年11月30日、文春砲が炸裂した。見出しは「ユニクロ潜入一年」、サブタイトルは『ユニクロ帝国光と影』 ジャーナリスト横田増生の渾身レポ。

横田増生さんはユニクロの店長や委託工場での長時間労働について書いた「ユニクロ帝国の光と影」を2011年に出版し、ユニクロ側から名誉毀損で訴えられていたが、2014年に勝訴。

裁判には勝ったが、横田さんはこれ以降ユニクロの決算会見に出席できなくなってしまった。もちろん、取材もNG。そんなときに雑誌プレジデントを目にする。

そこには柳井社長のインタビューが掲載されており、こう書かれていた。

 

悪口を言っているのは僕と会ったことがない人がほとんど。会社見学をしてもらって、あるいは社員やアルバイトとしてうちの会社で働いてもらって、どういう企業なのかをぜひ体験してもらいたいですね

「プレジデント」2015年3月2日号

 

これを横田さんは自分への挑戦状と捉え、ユニクロに潜入することを決意する。

 

ユニクロ潜入一年

ユニクロ潜入一年

 

 

離婚に応じた妻

潜入するにあたって準備しなければならないことがあった。

それは苗字を変えることだ。ありふれた苗字だが、裁判で横田さんの名前はユニクロ側に知られている。潜入するにあたって苗字を変える必要があった。

そこで横田さんは奥さんと離婚し、その後再婚することで奥さんの旧姓を名乗ることにした。ちなみに奥さんはおもしろがり、ノリノリで離婚届にサインしたという。こうして、横田増生から「田中増生」となった。

潜入してすぐにあやうく正体がバレそうに...

こうして準備を整えた横田さんは面接に向かった。

面接当日は喉がカラカラになるほど緊張したという。自分の正体がバレないように面接を突破しなければならないからだ。しかし、面接はあっさり合格。

人手が足りてないこともあり、さっそく次の日から出勤。その日の仕事を終え、休憩室で休んでいたら思わぬトラブルが起きた。

女性社員から「田中さん」と何度も呼ばれたが、自分のことだと気づかずに無視してしまったのだ。50年近く横田と名乗ってきて、ここ数ヶ月で田中に変更したのだから無理もない。しかし、この問題はすぐに解決されることとなる。

というのも苗字が同じ社員がいたので、横田さんはファーストネームである「増生さん」と呼ばれることになったからだ。

しかし、今度は致命的なミスをしてしまう。なんと本名である横田増生と自らバラしてしまったのだ。

コトの発端はこうだ。とある伝票に自分の名前を書く必要があった。その日はとても忙しかったこともあり、横田さんは無意識に伝票に「横田増生」と書き込んでしまったのだ。

隣でその様子を見ていた社員は怪訝な顔をしたが、なんとかごまかし、ことなきを得た。

パワハラ気味のビックロ店長

横田さんは1年間で3つの店舗(幕張新都心店→豊洲店→ビックロ新宿店)で働くことになるのだが、最初の幕張新都心店では特にブラック企業だと感じる点はない。

なぜなら、幕張新都心の店長が人格的にも能力的にも優れた店長だったからだ。

一方、ユニクロの中で最も忙しい(週末に1万人、感謝祭には3万人訪れる)と言われるビックロの店長は前述の店長に比べ、やや問題がある店長だった。横田さんがビックロで面接を受けたときの話だ。

 

総店長(ビックロには3人の店長がいてその3人を束ねる店長のこと)は、勤務時間の欄に私が「午前9時から午後11時30分まで」と書いたところから突っ込んできた。「どうして、朝一番の7時半から出勤できないのか」と。

この頃、体調が思わしくなく、朝早くから働くことは相当な負担であったのだが、無難に「朝は子どもと一緒に朝食を食べてから働きたいと思います」と答えると、「プロとして働くのに、お子さんとの朝食を優先させるのはどうなんですか」と突っ込まれる。

「たとえば、大学生の方で、私はアルバイトなのでユニクロのことをそこまで一生懸命に理解するつもりはありません、とおっしゃる方がおられます。しかし、それでは困るんです。ユニクロの名札をつけて売り場に出るときは、働きはじめてすぐの新人の方も、20年というベテランの方も同じ名札なんです。お客様の目からすると同じなんです」

つまり、時給1000円であっても、大学生であっても、プロ意識を持って働け、ということだ。プロっていっても時給1000円のアルバイトじゃないか、と私は心の中で罵る。

 

「プロとして働くのに、お子さんとの朝食を優先させるのはどうなんですか」という発言は漫画でよく女性が口にする「仕事と私どっちが大事なの?」と訊くような愚問な質問である。

潜入を進めていくにつれてこの店長がとんでもない人物だということがわかるのだが、それは本書を読んでぜひ確認してほしい。

そんな店長がいるビックロだが、ビックロが慢性的な人材不足であることに横田さんはすぐに気づいた。

まず日本人のアルバイトが圧倒的に少ない。ビックロには400人前後のアルバイトがいるが、そのうちの半分が外国人だ。日本語がしゃべれるとはいえ細かいニュアンスまではわからない。

ちなみに、なぜ外国人が多いかというと時給が低いからだ。時給は1000円で交通費なし。

時給が低いのでアルバイトの士気は低く、外国人が多いのでミスコミュニケーションが多くトラブルも多い。さらには仕事がハード。

よって仕事が山積みとなり、そのしわ寄せは社員や店長にいき、サービス残業の繰り返しで彼らのストレスは溜まる一方。

これがユニクロの広告塔といわれるビックロの実態だった。

突きつけられた解雇通知

横田さんはビックロにて3ヶ月の勤務をし、週刊文春12月1日号にて「ユニクロ潜入一年」 と題した記事を書いた。

12月3日に出勤した際、横田さんは突然店長室に呼び出され、人事部長と対峙することとなる。

まずは人事部長から記事を書いたかどうかの事実の確認をされ、横田さんがそれを認めると「まだ当社で働く気はあるか?」と聞かれた。

横田さんはアルバイト契約を2017年3月まで結んでいたので、それまで働くと主張したが、人事部長からの返事は「アルバイト就業規則に抵触しているのでクビ」とのことだった。

 

「まず、週刊文春の12月8日号に記事を書かれたということは、当社の信用を著しく傷つけたということですね」

「それは記事のどこが就業規則に違反するんですか」

古河氏は就業規則をめくり、「アルバイト就業規則の第75条の14号と第16条の1号に当社は該当すると判断しました」と言う。

第75条の14号には、「論旨退職・懲戒解雇」とあり、「故意または重大な過失により当社に重大な損害を与え、または当社の信用を著しく傷つけた時」とあり、第16条には「解雇事由」と書いてあった。生まれてはじめて目にする解雇通知である。どのようにしてユニクロに重大な損害を与えたのか、と私がさらに尋ねれば、「この記事を寄稿されたこと自体が該当すると思っています。中身云々は別として、当社によって全くプラスになるような内容ではない、と」(中略)

私が最初に聞きたかったのは、記事に事実と違ったところがあったのか否か、という点だ。

私が何度も「どこが間違っていたのか」と尋ねた末に、ようやく返ってきたのは、「間違っている云々の中身の吟味はしておりません」という一言だけ。ならば、もう一歩突っ込んで、「記事は間違っていないということですね」と念押しすると、「お答えできませんし、お答えする必要はありません」という返事。

 

こうして横田さんのユニクロへの潜入は終わった。300ページ近くあったが、あっという間に読み終えることができた。

名前を間違って書いてしまったところはスパイ映画でスパイの正体がバレそうなシーンを思い浮かべたし、なによりもジャーナリストがユニクロに潜入してそのレポを書くという経緯自体がおもしろい。

社長やユニクロは悪ではないが、ジャーナリストがユニクロという邪悪な大企業を倒そうと奮闘する勧善懲悪的な話に思えて、読み物として十分に読み応えがあるいい一冊だった。