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【#199】イチローが認めたエンジニア《匠道ーイチローのグラブ、松井のバットを創る職人たち 松瀬学》

匠道――イチローのグラブ、松井のバットを創る職人たち

匠道――イチローのグラブ、松井のバットを創る職人たち

 

50個〜60個グラブをつくってもイチローは受け取ってくれなかった

守備の名手に贈られるゴールデングラブ賞。名前の通り、受賞した選手はほんとうに黄金のグラブをもらう。その賞を日本で7年連続、メジャーで10年連続した選手がいる。

現役メジャーリーガーのイチローだ。日本とメジャー合わせて17年連続でゴールデングラブ賞を受賞する選手は、今後でてこないだろう。それくらいすばらしい記録だ。ちなみに日本のゴールデングラブ賞最多受賞者は、盗塁の名手として有名な福本豊さんで、12回の受賞。この記録と比較すれば、イチローの記録がどれだけ偉大なのか実感するはずだ。

 

2008年オフシーズン、イチローは8年連続でゴールデングラブ賞を受賞したときに、こんなコメントをのこしている。

 

2008年というのは、岸本さんにとって、そういう(大事な)年だったわけです。いままで坪田名人のグラブでずっと僕はゴールドグラブをとってきた。岸本さんのグラブになって、それがとれなかったら、おそらく岸本さんは自分を責めたでしょう。僕は、それを何としても阻まないといけないという思いで守っていました。(ゴールデングラブ賞受賞に)岸本さんのほうがホッとされたと思いますね。

 

岸本さんは、いま現在もイチローのグラブをつくっているグラブ職人で、坪田名人は岸本さんのまえにイチローのグラブをつくっていたひとだ。

2008年というのは、イチローにとってもおおきな変わり目の年だった。いままでイチローのグラブをつくっていた坪田信義(坪田名人)さんがグラブ作りの第一線から引退したからだ。かわりに、坪田さんの弟子である岸本耕作さんがその後を継いだ。

2006年から坪田さんから岸本さんへの引き継ぎはおこなわれていたが、初めて岸本さんが製作した6個のグラブをイチローは受け取ってくれなかったという。

 

岸本「もう緊張を通り越していました。グラブは、当初は自分の手にフィットしていなくても、キャッチボールなどを通じてよくなる場合もあるんです。でも、イチローさんは第一印象が悪かったら、絶対にそのグラブは使いませんから」

緊張の引き渡しである。イチローが六個のグラブにひとつずつ左手を入れていく。最初のグラブに手を通したときは、黙って、首を傾けただけだった。(中略)

「これはダメです、とは言わないのですが、『違います』と言われました」イチローの口から、イチローならではの感覚的な言葉が漏れる。ストレスを感じます。手を入れたら、とくに手首やひじにストレスを感じます、と。

「手を入れたときに、ひじの角度がいつもと違うという意味だと思います。グラブはイチローさんの腕の一部なんだな、と感じました。なにせピントが全然、外れていたんでしょう。そりゃショックでした」

ひとつも受け取ってもらえなかった。その日の夜は、シアトル市内のホテルに泊まった。一睡もできなかった。"不合格"のグラブを六個、帰国便の機内に持ち込んだ。

 

イチローが要求するレベルはものすごく高い。でも、それだけ要求するからこそ、そのひとたちのために恥ずかしくないようなプレーを見せてくれる。だからこそ、ゴールデングラブ賞という偉大な賞を受賞したときに、「うれしい」とか「最高」といった感想ではなく、岸本さんを案ずるようなコメントが自然とでてきたのだろう。

結局、その年だけで岸本さんは、イチロー用のグラブを50個〜60個つくったという。何度もなんどもつくってはシアトルに行くも、イチローは練習用としても受け取ってくれなかった。あるとき、グラブを渡す直前にイチローから「今回は大丈夫ですか?見るのが怖いですね」と厳しいことを言われ、さすがにそのとき背筋が凍ったらしい。

そして、ついに2007年の夏のオールスター戦の直前にグラブを受け取ってもらうことができた。

ワシらは職人ではなく技術者

本書は、イチローや松井の道具だけでなく、王貞治落合博満など数々の名選手のバットやグラブをつくってきた久保田五十一(くぼたいそかず)さんと坪田信義(つぼたのぶよし)さんら職人を追いかけたノンフィクションだ。

かれらの仕事への取り組み方やどういうふうに生きてきたか、ということについて書かれている。もちろん、落合や王といった名選手らのエピソードも紹介されている。

久保田「落合さんから、クレームを受けたことがあるんです」(中略)

久保田が作ったバットを2本携えて。その2本を並べ、一方のバットのグリップが細い、と言う。

そんなはずはありません。いや間違いない。おれは素手でバットを握っているから、小さな誤差でも分かる。握った感じが違うのだ。ー職人同士のやりとりがあった。

そんなバカな、と納得のいかない久保田は、ノギスを取り出し、グリップを計測した。愕然とした。確かに落合の指摘通り、一方のバットのグリップのほうが0.2ミリ細かったのである。

0.2ミリのちがいがわかる落合さんの手のひらの感覚すごすぎる...でも、それくらい選手にとってバットは大事なものなのだ。

 

ところで、久保田さんがグラブ職人で、坪田さんがバット職人なのだが、坪田さんは、じぶんたちは職人ではないという。

 

「最初はわしも職人と思っていましたが、あるとき大西さん(ミズノ元副社長)にこう言われたんです。『職人にはなるな』と。職人は、えてして技術を押しつけてしまうことがある。選手に対して、これがいいですよ 、あれがいいですよ、と。それではダメなんです。極端な話、選手にどれだけ難しいことを言われても、ダメや、できない、と口にしたらアカンのです。なんでもチャレンジせな。選手の要望を聞いて忠実に作る。つまり、わしら職人でなく、技術者にならないとアカンのです」

 

職人というと、じぶんのこだわりがあって、そのこだわりを大事にするものづくりに携わるひとという感じだ。きっとそれではいけないのだろう。選手の要望に合わせ、どんどん改良を重ねることが必要だから、そこにじぶんのこだわりは必要ない。だからこそ坪田さんはじぶんたちのことを職人ではなく、技術者と表現したのだろう。

話のメインが野球のことだから、野球経験者や野球に興味がないひとには読むのがキツイが、職人の仕事術についてもたっぷりと書かれているので、興味があれば手にとってよんでみるといいかもしれない。

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