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23個のメダルがうばわれた大会の真実《汚れた金メダルー中国ドーピング疑惑を追う 松瀬学》

汚れた金メダル―中国ドーピング疑惑を追う

汚れた金メダル―中国ドーピング疑惑を追う

 

もし、あなたが現役オリンピック選手だったら、どうするだろうか?そんなことをイメージしながら以下のシチュエーションについて考えてほしい。

 

<あなたは現役アスリートであり、オリンピック選手でもある。手元にはひとつの薬がある。この薬を飲めば、次のオリンピックで金メダルを必ず取ることができる。だが、そのかわり5年後ぜったいに死ぬ。はたして、あなたはこの薬を飲むことを選択するだろうか?それとも、飲まないことを選択するのだろうか。>

 

この質問をアメリカのトップアスリートたちにしてみたところ、52パーセントのひとがイエスと答えている。つまり、半分のひとたちが5年後死んでもかまわないから、金メダルがほしいと言ったということだ。命を捨ててまでも、なぜそこまで金メダルにこだわるのだろうか。

 

その理由として、多くの選手が勝利への名声、報酬への願望、そして敗北や失敗への不安が薄れるならそちらを取りたいといっているのである。勝利の見返りの大きさゆえ、選手たちの薬物使用へのやましさはとるにたらないものなのか。勝利への強い欲求がモラルをどこかへ追いやるのか。

 

国によって待遇はちがうが、金メダルを獲得することによってその選手の一生を左右する。名誉はもちろんのこと、メダルを獲得するだけで、報奨金として2000万ほど払う国もある。あなたが選手ならば、きっとCMは何本も決まるだろうし、仕事も殺到するだろう。コーチならば、選手を育てたことへの手腕が認められ、あなたのもとに多くの生徒が門をたたきにくるだろう。メダルとはそれほど選手やコーチたちにとって価値のあるものなのだ。

 

 

1994年、アジア大会が広島で開催された。中国は競泳で世界新記録を連発。メダルもすべての競技で266個獲得した(日本は218個)。しかし、ドーピングがのちに発覚し、中国は獲得したメダルのうち金15、銀7、銅1の合計23個が剥奪された。

アジア大会:4年に一度開催されるアジアの国々のため総合競技大会。アジア版オリンピックともいわれている。

 

本書は、そのアジア大会でドーピング検査を実施した科学者たちを追ったノンフィクションだ。ドーピングを抜き打ちで実施するために準備をすすめる科学者たち。そのドーピング検査をくぐりぬけるためにあの手この手をつかってくぐりぬけようとする中国側。そして、中国人選手が次々とメダルを獲得する理由には、じつはニンジンが関係していた...

ドーピングというと、選手自らの意思で行うように見られがちだが、じつはそうではないケースもある。知らず知らずのうちにドーピングに手を染めているという場合だ。

実際に、ドーピング違反者となった中国人選手の話によると、体力回復のためにコーチが用意した特製スープを選手皆が日ごろから飲んでおり、このスープを飲むとたちどころに体力が回復したという。そして、よくよく考えてみると、そのスープがあやしかったという。

また、一方でドーピングの抜き打ち検査が実施されることを察知し、わざと試合を放棄したといわれた選手も中国にはいる。

楽靖宜(らくせいぎ)さんだ。当時、アジア大会のまえに行われた世界選手権で四冠に輝いたばかりで、100m自由形の世界記録を持つ世界一速い女子スイマーであった。そんな輝かしい実績をもち、さらには男子並みの筋肉、そして異常に低い声をしていたので、つねに薬物使用の疑惑がたえなかった。

そんな彼女は、アジア大会で不自然なフライングをくりかえし失格となる。競泳は陸上とおなじで、スターター(スタートの合図するひと)の「位置について」という合図があり、選手は一旦静止。そして、ピストル音が鳴った瞬間がレースのはじまりだ。

だが、楽靖宜さんは「位置について」の合図にまったく動きを止めようとしなかった。本書では、レースを放棄するかのように、足から無造作に水中に飛び込んでいたと表現している。

では、なぜ世界記録をもつ選手が、レースを放棄するようなフライングをしたのか。

 

「思わず、やられた!と机をたたいてしまった。明らかに不自然な飛び込みだった」

楽靖宜は、泳げばまず間違いなく優勝し、ドーピング検査を受けることになっていただろう。だが、この失格でドーピング検査室に足を運ぶことはなくなったのである。太田は「わざと失格したのではないか」と踏んだのである。(中略)

決勝でメダルを取らなければ、レース後のドーピング検査を受ける必要はない。検査を義務づけられているのは、優勝者と2〜8位のなかの一人である。失格になれば、順位はつかずその対象にはならない。

 

こう書くと、楽靖宜さんは検査を受けずに真実は闇にほうむられたのか、と思うのだけど、結末はそうじゃない。不審におもったアジア大会の関係者のはたらきかけにより、楽靖宜さん含む中国人選手数名が抜き打ちでドーピング検査を受けることになる。

ここで、ドーピングの事実があきらかになれば、スッキリするところだが、楽靖宜さんから陽性反応は見受けられなかった。

そして、そんなドーピング疑惑を打ち消すように、2年後のアトランタオリンピックで彼女は金メダルを獲得する。

 

 

ちなみにドーピングの起源は、南アフリカの原住民であるカフィール族が部族間の戦いのまえに「ドップ」という強いアルコールを飲んで士気を高めたことから「ドーピング」という言葉が使われはじめたと言われている。

本書をよみ終えたあと、ドーピングに関して興味がわき、いろいろと検索をかけたところ、ツールド・フランスでもドーピングが日常茶飯事らしい。次は、自転車におけるドーピングについて調べてみようと思う。

シークレット・レース―ツール・ド・フランスの知られざる内幕 (小学館文庫)

シークレット・レース―ツール・ド・フランスの知られざる内幕 (小学館文庫)