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読書めも

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【#194】なぜ楠木正成は8万の軍勢を1000の軍勢で倒せたのか《楠木正成 北方謙三》

楠木正成

楠木正成

 

悪党だった楠木正成

楠木正成

この男をなんと説明したらいいだろうか。侍でもなく、農民でもなく、商人でもなく、悪党として生き、悪党として散った人物といったところだろうか。

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そもそも、悪党とはどんなひとたちだったのだろうか。

悪党とは

鎌倉時代後期になると,近畿地方を中心に,幕府や荘園領主に反抗する武士が出てきました。彼らは悪党と呼ばれ,土着の武士や農民を率いて荘園の年貢を奪ったり,荘園の所領(しょりょう:領有している土地のこと)を侵す者もいました。
悪党の中には,土着の豪族(ごうぞく)や名主(みょうしゅ)のほか,落ちぶれた御家人もいれば非御家人もいたといわれています。

引用:ベネッセ

単純に鎌倉幕府に反抗するひとたちで、とくに正成の父、正遠は重い税を取り立てる豪族らを武装集団を率いて、けちらしていたと言われている。そんな父をもった正成も悪党として生きることになる。

八万人の軍勢を一千人で倒す

正成が「千早城の戦い」で、約八万人の軍勢に対して、約一千人を指揮し、千早城を守りきったエピソードは有名だ。いったい、なぜ八万人の軍勢を退けることができたのだろうか。それは、正成が武士の弱点を突く戦いをしたからである。正季(正成の弟)と付き人の小太郎と戦について語っているシーンで正成はこう言っていた。

正成「たとえば俺たちが戦をするとして、最も手強いのは、小太郎?」

小太郎「それは、六波羅軍との戦です」

正成「まともに闘えば、まず勝てぬ。兵力が違いすぎる。それに、むこうのやり方で闘うことになる。俺らは、もっと無様でいいのだ」

正季「無様とは、どういうことですか、兄上?」

正成「武士は、なかなか無様になりきれん。そこが弱点と言ってもいい。俺らは、無様に山に逃げこむ。そこで、木を倒したり、岩を落としたりする。使えるものは、すべて使う。草も木も、岩も土も水も。手が石に触れたら、飛礫(つぶて)にしろ。泥沼があったら、飛びこめ。武士の具足は重い。そういう場所では、俺たちの方が有利だ。およそ武士が考えつかないようなやり方で、闘うのだ」(中略)

小太郎飛礫を打ってもよいのですか、殿?」

正成「それをやってはいかんと言っているのは、武士だけだ。だからこそ、飛礫は武士に対して威力が出る。なにしろ、石が飛んでくるなどとは、想像してもいないのだからな。俺はいままで、悪党の戦をじっと見てきた。武士のやり方で闘えば、善戦しても負ける。それが痛いほどわかった」

これは武士ではなく、悪党として生きていた正成ならではの考えであった。飛礫は、下賤なものが使う手段という認識だったので、誇り高き武士はその飛礫を利用しなかった。だが、正成は鎌倉幕府お抱えの武士たちとはまともにやりあっても勝ち目がないことを知っており、使えるものはなんでも利用したのだ。

バラバラだった悪党をひとつにまとめあげる

だが、楠木正成の魅力はそこではない。悪党という集団をひとつにまとめあげたところだろう。当時の悪党は、ひとつにまとまって戦うことなんてありえなかった。なぜなら、利に誘われればそちらへ動く集団であり、自らの利を第一とするものたちばかりだったからだ。

鎌倉時代末期は、たしかに幕府に対する不満が国じゅうに拡がっていた。だが、それでも反乱を起こそうというひとたちはいなかった。なぜなら当時の幕府は強かったからだ。幕府お抱えの武士たちは屈強の者ばかりで、特に六波羅探題は強かった。

仮に反乱ののろしを上げたとしても、幕府を倒すくらいの力がなければ、反逆者として処刑されてしまう。だから、悪党たちは小さな小競り合いで、自らの利益を守ってきた。小さな小競り合い程度ならば、幕府も大目にみてくれていたからだ。そんな悪党らをひとつにまとめあげ、各地で反乱を同時に起こさせたのは見事といえるだろう。

本書は、歴史小説だから、史実とは異なる部分もいろいろと出てくる。足利尊氏が正成に追い詰められ、命を取ることができたのに逃したエピソードなど、歴史小説ならではのたのしみを味わうこともできる。楠正成に関してしらないひとにおすすめの一冊だ。

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