読書めも

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袴田事件を裁いた男 無罪を確信しながら死刑判決文を書いた元判事の転落と再生の四十六年

 司法界にある「守秘義務」という言葉を知っているだろうか?これは、裁判の際にどのような過程を経て結論に達したか、裁判官や他の裁判員がどのような意見を述べたか?といったことを口外してはいけないというルールだ。裁判員は、守秘義務を破ると6ヶ月の懲役もしくは50万円以下の罰金の刑になる可能性がある。

 だから、どのようなプロセスを経てジャッジが行われたか?また、裁判官が評議室(裁判官や裁判員が話し合う部屋)でどんな発言をしたか?といったことはだれも知ることはできない。でも、この本はそれらを知ることができる。

 

 本書の主人公は、熊本典道さん。冤罪事件として有名な袴田事件の第一審の左陪席を務めた元裁判官だ。熊本さんは、当時袴田事件を無罪だと確信していた。しかし、評議の場で多数決により、泣く泣く死刑判決文を書くことになる。そして、裁判官をすぐに辞して、弁護士になるが、酒に溺れ、やがて弁護士登録も抹消し、生活保護を受ける身となる。

*裁判は、多数決によって決められる。当時3人の裁判官がいて、熊本さんは無罪を主張したが、裁判長と右陪席を務めた裁判官が有罪だと主張した。

 袴田事件を当時どう思っていたのか?評議室で3人の裁判官はどのような議論をしたのか?死刑判決を出すまでにどのようなプロセスがあったのか?

 本来絶対に知ることができない司法の裏側の世界を見ることができる。本書以外に、裁判官のジャッジのプロセスを描いたものはきっとないだろう。

 そして、袴田事件を扱った本ではあるが、ひとりの男についてくわしく書いたドラマでもある。裁判官をなぜすぐに辞めたのか?どうして生活保護を受けるまでの身になってしまったのか?30年ちかくの時を経て、とつぜん袴田事件の裏側をテレビで公表しようと思ったのはなぜ?

 裁判員裁判という制度ができたいま、20歳以上の日本国民は明日にでも裁判員になるかもしれない。そのときあなたが裁く事件が、冤罪事件かもしれない。一般市民が司法権を得たいまだからこそ、この本を読む必要があると思う。