読書めも

読んだ本の感想をぼちぼち書いてます

【#101】不登校児 再生の島 奥野修司

不登校児 再生の島

不登校児 再生の島

 

内容と感想

この本の第一印象は、「小説なのかな?」と思ったことでした。というのも、表紙のイラストが二次元ぽい感じだったからです。ですので、不登校児がある島に来て、更生してゆく小説と思っていました。

ところが、これはノンフィクションです。実際に島もあり、沖縄本島から少し離れたところにある久高島(くだかじま)がこの本の舞台です。ずっと久高島のことを「ひさたかじま」だと思っていたのはここだけの話。。。

人口約200人の島で、島の大きさも周囲が8kmというとても小さな島です。ここ久高島では、島外の児童を里子として受け入れ、生活する山村留学という制度があります。

ある一定期間子どもたちを受け入れ、久高島にある学校に通い、農業や集団生活を通じて未来をつくるリーダーを育てるプログラムです。

離島に根付いて11年の先輩チェンジメーカーが語る「久高島にしかない幸せな未来への鍵」

では、どんな児童が久高島に来るのでしょうか?

多くは、不登校などの問題を抱える児童だったそうです。そして、その子どもたちの多くは、数年後にこの島を去っていくとき、ほぼ普通の子どもに変身します。約8人の子どもひとりひとりの成長のプロセスを追ったお話です。

疑問

・Eticの地域イノベータープログラムを使ってこの久高島に来た人たちはどう変わったのか?

地域イノベータープログラム

 

読書メモ

1.モノやお金で解決しようとする親が多すぎる

 島での規則で、財布と現金は坂本(久高島の山村留学の責任者)が預かることになっている。お金はすべて坂本に預け、必要なものがあれば、親から預かった現金で買って子供に渡す。

子供たちに現金を持たさない最大の理由は、すべて金で動く現代社会とはまったく違ったパラダイムが、坂本の頭の中で描かれているからだ。

「モノやお金で解決しようとする親が多すぎます。子供にいわれるまま、お菓子や日用品を送ってきます。お金が人間を堕落させてきました。子供にはマイナスになるだけだからやめてほしいといっても送ってきます。親は気づいていませんが、モノを送るというには、モノで子供を支配し、機嫌をとりたいからです。モノで子供を支配したがる親が多いのは、その親が育ってきた環境がそうだったんですね。それを再生産しているんです。どこかでこの悪循環を断たないと、子供はさらに悪い状況にはまっていきます。」

2.ここの島は、不登校児の駆け込み寺ではない

坂本:ここには不登校の子がたくさんきます。最初のメンバーは、8割が不登校でした。 でも、ここをつくったとき、そういう子供たちのためのシステムにするつもりはありませんでした。ただ、高い月謝(当時は8万5000円)を払うのですから、不登校を含めて、必然的に問題のある子供たちもある程度は来るだろうとは予測していました...

結果的にそうなっただけで、本来の目的はそうじゃないんです。ここを巣立った子たちが、あっちこっちで根を下ろして、社会を変えていく力になってくれればいい。ここは、そういう力のある子を育てる場にしたいと思ったんです。混沌とした未来に立ち向かえる子供を育てること、それが理念ですね。

不登校の子は時代のメッセンジャーです。この時代の行き詰まりに矛盾を感じているからこそ、自閉になるし引きこもりにもなる。ある意味で彼らのほうが正しい生き方かもしれません。彼らは、ぼくなんかにないすごい感性を持っていて、そういう子に生きる力を与えていくと、次の時代が必要とする人材になっていくんじゃないか。それが僕の役目かと思っています

不登校は時代のメッセンジャー。社会問題というのは、時代のメッセージであると解釈する坂本さんの感性がすごく心に残っています。

学校を例にだすと、不良になったり、タバコを吸ったりする生徒は、何かしら問題を抱えているというよりも、彼らなりの伝え方やメッセージなのかもしれません。

彼らに対して「タバコはダメ!」「服装はちゃんとしろ!」と頭ごなしに言うまえに、まず彼らの発しているメッセージはなんだろう?と感じることが先生・指導者の役目なのではないでしょうか。

3.生きるエネルギーを生み出すのは"あいさつ"から

この島ではたとえ相手が観光客であろうと、人と行き交えば「おはよう」「こんにちわ」とあいさつすることが生活習慣として根づいている。最初は島の外からやってきた子供たちは戸惑うが、慣れてくると「あいさつは気持ちいい」に変わってくる

彼らに「久高島に来てよかったことは?」とたずねると、必ず「学校の帰り道などでおじいやおばあから声をかけられること」をあげた。島の大人たちから声かけられることで、島社会とつながっていることを実感するのだろう。 

これが「生きるエネルギー」を生み出すのかもしれない。もちろん子供たち同士も、朝起きれば「おはよう」と声をかけあった。

おそらくこれは久高島というものすごく小さい島だからこそ生まれた文化なんだと思います。島が小さく、人数が少ない久高島では、噂もすぐ広まるし、相手と喧嘩してもずっとソッポを向いているわけにはいきません。

なぜなら、島が狭すぎて、絶対に喧嘩した相手と顔を合わす機会をなくすということができないから。

そうなったときに、相手とコミュニケーションをとる一つ前のステップとして「あいさつ」というのは、すごくいい手法だと思います。

4.自分を引き止めてくれる仲間がいること

あるとき、シュウヘイが島内の駄菓子屋で万引きしてバレたことがあった。30円のチューペットを盗んだのである。親代わりの坂本が店の主から非難されると分かって島内では大騒ぎ。シュウヘイは子供たちから「おまえのせいでセンター(子供たちが寝泊まりするところ)が閉鎖になるかもしれないと言われた。

シュウヘイは自分の責任を痛感したのか、「センターをやめたい」といいだし、荷物をまとめはじめた。

それを見たゴンは「なんだ、あいつ」といいながら近づき、クニはクニでしょげっているシュウヘイの胸ぐらをつかむと「ふざけるなよ!」と怒鳴りつけた。

「大変なことをしたんやから、やめて帰りたいというのはようわかる。やめるのはいいけど、おまえが今やめてどうするんや?そんなことで家に帰っても、なんも変わらんのと違うか?しっぽ巻いて逃げ帰るだけやないか。レッドカード二枚くらいですむんやったら、気持ち切り替えてやれや!」 

5.豊かさが不登校を生み出した

貧しかった時代は、むしろ学校に行くことが楽しみだったといわれるが、裏を返せば、現在は豊かになって家の中が満たされすぎ、親に権威がなくなったことが不登校という選択肢を生み出したともいえる。

数年前に大きな病院の息子がいました。家の中のドアをぜんぶ自動にしたそうです。個室を与え、テレビ、クーラー、パソコンもそろえた。なのにあいつは学校に行かないんだよ、と父親がいうんです。だから言いました。

「そんな居心地のいいお城を与えたら、学校にいく理由がないじゃないですか。」と学校に行く目的を喪失している子供に、そんな贅沢なものを与えたら学校に行くはずがありません。社会が拘束力を持たなくなったし、子供が引きこもっても、今の親には子供に何かをさせる力がないんですね。それでゲームなどさせたら行くわけがない。

6.どんなときでも「がんばっていこうぜ」と言える先輩の存在

久高島には、卒業式がある。この日の卒業式を盛り上げたのはクニだった。卒業式のプログラムの中に「卒業生に送る言葉」のときに、クニは「ナオヤ先輩は...」といった途端、感極まってしゃべれなくなった。

先輩のなかでも、とくにクニが面倒を見てもらったのはナオヤだった。ナオヤは海人の子で運動能力に優れ、「おとなしいけど、リーダーのオーラがあって、バドミントンも陸上も彼が引っ張っていった。」と坂本が絶賛するほど頼もしい男だった。反対にクニは協調性がなく、「運動神経に欠陥があるのでは」と思えるほどヘタだった。

そのクニを、ナオヤは文句も言わず、愚痴もこぼさず、いつも「がんばっていこうぜ」と励まし続けた。

どんなときでも、自分に対して「がんばっていこうぜ」と声かけしてくれる先輩の存在のありがたみを感じるシーンです。