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読書めも

読んだ本の感想をぼちぼち書いてます

【#98】なぜ君は絶望と闘えたのかー本村洋の3300日 門田隆将

ノンフィクション ノンフィクション-事件
なぜ君は絶望と闘えたのか―本村洋の3300日 (新潮文庫 か 41-2)

なぜ君は絶望と闘えたのか―本村洋の3300日 (新潮文庫 か 41-2)

 

内容と感想

 ネットサーフィンをしているときに、この本と出会いました。タイトルにすごく惹かれて、ふと気になり、アマゾンで検索をかけてあらすじを見にいきました。この本のタイトルを最初に見たとき、なんとなく、冤罪事件を取り扱ったものだと思っていました。冤罪事件で3300日勾留された人の話なら興味あるなぁと、思っていたんです。

 ところが、あらすじを読んでみると冤罪事件ではなく、犯罪事件に巻き込まれた被害者の家族が司法原理と闘う物語だったんです。

 

【あらすじ】

1999年4月、山口県光市で23歳の主婦と生後11カ月の幼児が18歳少年・Fに 惨殺された。たった一人残された夫・本村洋は、少年法によって二重三重に守られた犯 人Fに果てしない闘いを挑んでいく。

 

少年法を前に思考停止に陥ったマスコミや、相場 主義・前例主義によって形骸化した司法の世界など、本村の前には想像もできなかった 厚い壁が次々と立ちはだかった。絶望に打ちひしがれ辞表を出す本村に、上司は「労働も納税もしない人間が社会に訴えてもそれはただの負け犬の遠吠えだ。君は社会人たりなさい」と説き、裁判で敗れた検事は「たとえ100回負けても101回目をやる」と語りかけるなど、さまざまな人たちが、絶望の淵を彷徨う本村を支えていく。

 

日本の司法を大変革させることになる歴史的な光市母子殺害事件の陰で展開された知られざる人 間ドラマ。9年間にわたって事件を追いつづけたジャーナリスト門田隆将が差し戻し控訴審判決の翌朝、広島拘置所で犯人Fから吐露された意外な言葉とは――。2010年 秋放送、WOWOWドラマWスペシャル」(江口洋介主演)の原作にもなった感動ノンフィ クション。

 

 この事件で特筆すべきことは、少年法の常識がくつがえったことです。本来、人が殺人や放火などを起こしたら、刑法が適用されますが、加害者が18歳未満の場合、少年法が適用されます。

 具体的には、報道されるときに、実名で報道されないなど容疑者のプライバシーが守られるなどなど。

 しかし、この事件は加害者の名前が実名で報道されたり(死刑確定後に)、被害者の家族(著者)が記者会見で被告人が死刑にならなかったら自分の手で殺すと発言するなど、国民を巻き込む大きな事件となりました。

 2014年になったいまもまだ裁判は続いており、刑はまだ執行されておりません。しかし、この事件が司法のシステムを大きく変えるきっかけになりました。

 それは、被害者寄りの司法システムが構築されたことです。今までの裁判は、被害者の家族が発言できる機会(意見陳述)がありませんでした。裁判の出席すらも、用意されているわけでなく、自分で手続きをして裁判の出席権を勝ち得なくてはいけなかったのです。

 ところが、この事件をきっかけに、司法制度が大きく見直されることになり、意見陳述という制度が取り入れられたのです。

 その他にも、弁護人が最高裁での裁判を欠席(戦略的に)するなど、前代未聞の出来事があったりもしました。

 司法や裁判に詳しくなくても、すらすらと読むことができます。法学部に通う大学生はもちろん、その他の人にもオススメの一冊です。

 

疑問

・日高さんが読書メモ1で書いた発言をしたのはどういう想いがあってなのか

 

読書メモ

1.社会人として、仕事をしながら声をあげなさい

上司:「辞めてどうするんだ」

本村:「しばらくは何も...」

 

上司:「君は、この職場にいる限り、私の部下だ。その間は、私は君を守ることができる。裁判はいつかは終わる。一生かかるわけじゃない。その先をどうやって生きていくのだ。君が辞めた瞬間から私は君を守れなくなる。新日鉄という会社には、君を置いておくだけのキャパシティはある。勤務地もいろいろある。亡くなった奥さんも、ご両親も、君が仕事を続けながら裁判を見守っていくことを望んでおられるんじゃないのか。」

 

「本村くん」日高(上司)はこう付け加えた。

 

「この職場で働くのが嫌なのであれば、辞めてもいい。君は特別な経験をした。社会に対して訴えたいこともあるだろう。でも、君は社会人として発言していってくれ。労働も納税もしない人間が社会に訴えても、それはただの負け犬の遠吠えだ。君は、社会人たりなさい」

 

日高はこの辞表を預かっておく、と言って、ポケットに入れた。

 

部下のことをこんなに思いやれる上司はいるのだろうか?と思うような発言。この発言は、この本の帯にも掲載されています。

 

2.容疑者は匿名で、被害者の家族のプライバシーは何もないのか

捕まった犯人が少年だったというだけで、名前も絶対に秘密で、迂闊に名前を出すと、最悪のケースでは、犯人から名誉毀損で訴えられる危険性もあった。マスコミは思考停止したかのように、犯人の人権だけを守り始めた。Fの名前も顔も一切出ることはなかった。どこの誰かがこれほどはひどい犯罪をおこなったのか、世の中の誰も知ることはできなかったのである。

 

一方、本村本人の会社や住所、名前、殺された妻と子の名前は、なんの了承もなくすべて公表され、マスコミは家族の写真を求めて、会社の同僚や友人宅にまで押しかけてきた。

 

Fには逮捕後、すぐに国選弁護人が駆けつけて、法的、精神的なアドバイスを行い、Fの人権を守るためと称して警察やマスコミを監視したり警告を発したりしていたが、本村には、法的なアドバイスや精神的ケアをする人は誰もいなかった。 

 

事件の概要を知ってもらうためにマスコミが情報を探ろうとするのは当然といえば当然の行為だが、被害者の家族のプライバシーは?ということは忘れられている。

また、裁判は公平なジャッジを設ける場でもあるが、被害者の心の整理の場でもあり、被害者が立ち直るきっかけとなる場でもあるわけです。そう考えたときに、被害者の心のケアをするシステムを組み込む必要はあるはずです。

 

3.100回負けても101回目をやります

判決は無期懲役。本村たちは負けたのだ。そのときである。「僕にも小さな娘がいます。母親のもとに必死で這っていく赤ん坊を床に叩き付けて殺すような人間を司法が罰せられないなら、司法は要らない。こんな判決は認めるわけにはいきません。」

 

銀縁の眼鏡をかけ、普段、穏やかでクールな吉池検事が、突然、怒りに声を震わせたのである。目が真っ赤だった。本村たちは息をのんだ。

 

「このまま判決を認めてたら、今度はこれが基準になってしまう。そんなことは許されない。たとえ上司が反対しても私は控訴する。百回負けても百一回目をやります。これはやらなければならない。本村さん、司法を変えるために一緒に闘ってくれませんか? 」

 6回の公判を経ての判決でした。事件から約1年を経ての判決。裁判官が出した答えは、「無期懲役」でした。日本の無期懲役は、アメリカの終身刑と異なり、一生牢獄というわけではありません。仮釈放という制度があり、刑期の途中で釈放されるのが一般的です。

 

4.人の生命を尊いと思うからこそ、死刑制度は存在している

 本村は、絶対なくものか、と思った。当然の結果が出ただけなのである。人を殺めた者が、自らの命で償うのは、当たり前のことなのだ。その当然の判決が出ただけなのである。

 

本村は、死刑制度というのは、人の生命を尊いと思っているからこそ、存在している制度だと思っている。残虐な犯罪を人の生命で償うというのは、生命を尊いと考えていなければ出てくるものではないからだ。

 

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