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読書めも

読んだ本の感想をぼちぼち書いてます

【#42】ケンタッキーをつくった男は65歳《ぼくのフライドチキンはおいしいよーあのカーネルおじさんの、びっくり人生 中尾明》

ビジネス ビジネス-起業

感想

カーネルおじさんの愛称で親しまれるカーネル・サンダース

ケンタッキー・フライドチキンの生みの親です。ずっと知らなかったのですが、カーネルという名前は、ケンタッキー州から頂いたものなんですね。

そして、ケンタッキーをフランチャイズビジネスとして動かしていったのは65歳からあのマクドナルドの創始者レイクロックもマクドナルドのビジネスを52歳でスタート

どちらもファストフードで成功を収めた人々です。この二人の話から学んだ事は、『何歳になっても人生はやり直せること』

本来、52歳や65歳の時って老後の事を考えると思う。レイクロックやカーネルサンダースは事業に関わり続けてきた。

まだ大学生の僕でも『大学1年の時に〇〇しとけばなぁ・・・』って思ったことは幾度となくあります。

でもよくよく考えてみると、人生はまだまだなんだと。どんな時でもやり直せるんだと教えてくれたような気がします

この書籍を読んでいた時にドラマ「古畑任三郎」の32話のタイトル”再会”を思い出しました。

これは、警部補役の古畑が犯人役の安斎を追いつめ、すべてを白状した時のシーンです

安斎:「さて古畑」

古畑:「はい」

安斎:「古い友人として、ぜひ頼みがある。そろそろ俺を一人にしてくれないか?」

古畑:「自殺はいけません」

安斎:「家内に罪を着せたりはしない」

古畑:「だとしたら別に死ぬことはない・・・」

安斎:「そうではない! いずれ家内と若い愛人のことはマスコミに知れ渡るだろう。すでに嗅ぎつけてる記者もいる。時間が・・・。もう時間の問題だ。この歳になってスキャンダルはきつい。あいつと結婚した時もさんざんやられた。二回りも歳の離れた若い女をものにした中年作家。それまでに書いたどの小説よりもバカにされた。今度はその比じゃない。それ見たことかと、マスコミはよってたかって俺を袋叩きにするだろう。耐え難いことだ。恥辱にまみれた晩年を過ごすくらい・・・」

ーー安斎、ピストルを手にする。

古畑:「お察しします」

安斎:「ありがとう」

古畑:「しかし、しかし、あなたは死ぬべきではない! たとえ全てを失ったとしても、我々は生き続けるべきです!私はこれまで、強制的に死を選ばされてきた死体を数多く見てきました。彼らの無念な顔は忘れることができません。彼らのためにも我々は生きなければならない! それが我々生きている人間の義務です」

安斎:「死ぬよりつらい日々が待っていたと・・・」

古畑:「だとしてもです!」

安斎:「全てを失うことは耐えられない・・・」

古畑:「また一からやり直せばいいじゃないですか」

安斎:「俺たちはいくつになったと思ってるんだ。もう振り出しには戻れん!」

古畑:「とんでもない! まだ始まったばかりです! いくらでもやり直せます! よろしいですか。よろしいですか?たとえ、たとえですね明日死ぬとしても、やり直しちゃいけないって誰が決めたんですか? 誰が決めたんですか? ・・・・・・まだまだこれからです」

安斎:「古畑・・・」

古畑:「はい」

ーー安斎、拳銃を元に戻す。

安斎:「俺の計画は、ことごとくしくじった。だが、一つだけ正解だったことがある・・・。お前を呼んだことだ。うん」

ーー安斎と古畑、顔を見合わせて微笑む。古畑、思いついたように手を打ち、メモ用紙を一枚安斎に手渡す。怪訝な安斎。

古畑:「数字ゲーム」

安斎:「よし、やろう!」

古畑:「はい。では行きますよ。えー、ヨコチン」

安斎:「おい! それはやめろ!」

古畑:「ふふふふ。わかりました、わかりました。はい、続けましょう。ヨコチン」

案内:「くそぉー!」

 

いつでも人生はやり直せるし、いつでも挑戦し続けれる人生に可能性は常に秘めているんだと教えてくれたような一冊でした。

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